人元金丹・丹功拳(会員O)

年月日

 修業の報告をさせていただきます。

 人元金丹を行なうことによって、精を丹田に集める事によって漏れにくい体を作ります。
 まず欲望が抑制しやすくなり、なんとなく体調の良さを感じます。そして精気を原料として丹功拳を修練いたします。
 いくつかの修練法がありますが、全てが丹田を主とした内功の鍛練であります。始めて二週間くらいで腹が熱くなってきて、その状態で修練を毎日続けて、二か月すぎた頃に腹が段々熱くなってきて、物が焦げるような臭いがしてきて、耐えられないくらいの熱さになったとき、突然、腹の中で本当に火が点火され燃え上がりました。

 驚いて腹中が火傷したのかと思いましたが、そうではなく丹田に火が点いて、物を燃やしているような臭いがしています、その後火が気体から固体のような状態になり、熱を出す核のような物が腹の中に出来、臭いも物を燃やしたこげ臭いものから、漢方薬のような甘い臭いがしてきたり、鉄を燃やすような臭いになってきました。
 気功の力も強くなり腹も大きくなり、体の骨が鉄のように重く強くなりました。

 試しに空手の後輩に突きをしてもらい軽く受けると、重くて鉄のように固くて痛いと言ってました。次にミゾオチに思いきり強く突いてもらったのですが、相手の拳を自然と弾き痛がってました。また、私の仕事は荷物を担ぐことが多いのですが、仕事が終わってもあまり疲労がなく、以前は思い物を担ぐと、ズッシリしてたものが、重さがスッと消えたような感覚になりました。
 やはり仙道系の気功はすごいと思いました。

 一段階(丹功拳の一段階)を一年やっただけで、これほど変化があったのには本当に驚きまた。竹川先生には本当にお礼を申しあげたいと思います。
 ありがとうございました。
 これからも御指導よろしくお願いします。

竹川註

 この丹功拳の修練は特に禁欲が必要であり、精を全然出していけない。ある人は金液還丹を行なってそれでいいと思っているが、しかしこの方法では全然ダメであり、通用しなくて使えない。玉茎功はよいが、しかし金液還丹の法は良くないのである。

 又ある人はしょっちゅうAVを見て興奮し精を出している。人元金丹を行なえば性欲は昇華されるが、しかしAV等を見ればすべてパアーッとなる物だ。この禁欲は永遠に統く物ではなく、或る一定時間は必要なだけであります。

 2019年の十二月始めに会費と共にこの彼の体験談が送られてきた物であります。
 今では出来る人と出来ない人との差が大きく開いてしまっている。特に神仙道だけをやっている人は全然だめであるのが実情であり、祝詞を唱え毎日拝礼をし、印を結び呪文を唱えて真形図の図気を吸い感想しているだけではダメなのであり、このような修練では何等進歩のしようがなく、出来ないから多くの水位先生の伝を欲しがり真形図を必死に集めたがる。

 ここの数年の間に小童大君より海仙界である蓬莱神仙界にて、直接に神丹・仙丹を賜り呑まされた事があり、これまでに約二十回はあろうか、それぞれ一丸ずつであり、多くはいただけない。最初は小さな丸薬であり、段々とその大きさも異なってきて、その色具合もまた異なる。
 呑むその度ごとにすぐに力が体中より湧きあがるのであり、神仙道を一応やっていると言う人の中で、資料を何らかの手段で手に入れて、その資料を元にして勝手に本に乗せたり、又許可を受けていないのにもかかわらず、勝手に伝授している人などは、気線と言う言葉がわからない人であり、当然冥罰と言う言葉も遅からずやって来る。

 北海道の某氏は一時期清水斎主、清水斎主とほめたたえていたが、宮地威夫先生の娘の嫁入り先である〇家で生まれた女性が〇と名乗り、それにこの某氏が取り入り、これよりすでに亡くなっている清水斎主を手のひらをかえしたように罵倒しだし、自分の会に皆を取り込もうとしたが、五十代になってこの人物の会社は倒産し、又離婚して一人で東京に出てきて、それより突然死している。岡山の某人物も危険人物であった。
 もともとが行者出身であり、いつもホラを吹いていた。神仙道の第五代斎主は私がなるのだと自分の信者達に盛んに吹聴していて、女にも手が早くその悪い噂は知れ渡っていた。

 この人物も五十代に死亡している。北海道の某氏とつるんでいた某稲荷神社の宮司はやはり五十代で死亡している。神仙道の資料を数多く持っていても、それはダメなのであり、私にしても神仙道本部の全部の伝を受けてはいるが、それだけではダメであり、だから小童君は私に神丹を数多く服用させたのであろう。

 だからと言って道士の人で私と同様になりたいと申しても、それは不可能であり、元々が仙官であり謫仙の者でないと無理であり、人間の道士にして神仙道を志し、まずは出神・使魂出来ないとダメであり、その飛ぶ高さである高度やスピードにも問題があり、それが出来たとしても川・海の中には入れないのであり、今度は神仙界に自由に入れるかどうかも問題であり、入れたとしても神々に会えるかどうかも問題がある。

茅山術

 三十代初めの頃に南洋の茅山の師匠について茅山術を習った。ここのは一法につきいくらと言った次第であり、その値段も高かった。それは万法帰宗にのっている六甲壇のやり方であった。実際にはこの本には口訣が抜けていてそのままでは出来ない。
 本式の六甲壇は柳の木の一種である木を彫刻して御神牌を作るが、普通の柳の木はしだれ柳であり、この必要とする柳の木は枝が下に垂れない木であり、この木が問題であり普通には入手できなく、売ってはいない。

 この柳の木の一種と又飛行法に使用する御神牌を作るのに某の木が必要であり、それで北海道の材木屋に連絡をとって送ってもらった。来たのは丸太であり、幅が四十センチ位か高さは一メートルくらいであっただろうか?そのまま二十年くらい自然乾燥のつもりで置いたであろうか。二十年くらい置いてから製材所に持って行った所が全部ヒビ割れして使えなかった。
 多くの術はこのように数多くの法具を必要とする物であり、全部日本では手に入らない物であった。大阪にいた時に梅田にあった中華書店に中国の木材屋を紹介してもらって連絡したが、あんたのその分量では少なすぎて送れない、数トンの数が必要だと言われた。

 それから二十年くらい経ったであろうか、その木はまたオランダにもあり、それはむこうでは昔から木製のクツを作ってはいていたのであり、一時期オランダに行っその木を買ってこようとしたが、言葉の問題があり、それで行けなかった。
 台湾の知り合いの人でオランダにツアー旅行する人がいたので、お願いして買ってきてもらった。わずかな分量ではあったが、それで茅山祖師の御神牌を作り、日と時間を選び自分で彫刻して文字を入れ作り、入魂には鶏のトサカの血がいるので、大阪の東淀川区にある鶏の屠殺場に朝早くタクシーに乗って、学校の教材使うのかと聞かれた。そしてタクシーに乗って帰ってきた。また日・時間を選びそして入魂した。

 それより茅山耳報法を修練した。これには日・時間を選び紙で作った仙童が必要なのであった。頼んだその店は台湾の中部に在り、そしてそれを作る頭の部分はわざわざ台北に行って手に入れて来たとの事であった。修練の時には毎日、精進食であり、肉や魚を食べてはならず、先に四十九枚の霊符を特別なる書寫法で書いた符を用意して置き、呪文を唱えてそして符を一枚焼くのであった。

 修練としては簡単ではあった。又それとは別に又六甲壇を主体とする茅山の師匠に出会い、数々の法を伝授してもらった。今ではこの師匠は数年前になくなられている。
 最近になって師匠よりこの木材に関して相談した所が、それらは作れると言われたので、六甲壇に使用する茅山祖師の御神牌、三山祖師の御神牌、及び神打の修練に使用する万法祖師の御神牌、それに六甲六丁の十二個御神牌、飛行の修練に使用する神々の御神牌をこれらの伝授を受けて以来、約四十年経って、ようやく手に入れる事が出来た。

 万法帰宗の中にのっている地煞七十二変法の中に数多くの印(手訣)がのっていて、それらはどう結ぶのかがわからなかったが、例えば足底生雲術に右手は鶴訣・左手は雷訣とあり、鶴訣はわからなくて出来ず、多くの術はそんなものであった。これらの印も最近になってわかった次第である。

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